引例がクレーム限定を明示的に開示していない場合にもクレームは自明となるか?

米国特許法第103条は、「クレームされた発明についての特許は…クレームされた発明と先行技術との間の差異が,クレームされた発明が全体として…クレームされた発明に係る技術における通常の技術を有する者にとって自明であると思われる場合には,取得することができない」と規定している。先行技術がクレーム限定を開示しているか、当業者が先行技術の教示を改変する又は組み合わせる動機付けがあるか、及びそのようにすることに対する成功が合理的に期待できるかは事実問題であり、実質的な証拠による審査をする。University of Strathclyde v. Clear-Vu Lighting LLC, 17 F.4th 115, 160 (Fed. Cir. November 4, 2021)。連邦巡回控訴裁判所(CAFC)はHoyt Augustus Fleming. v. Cirrus Design Co., (Fed. Cir. March 10, 2022) 事件で, 引例がクレーム限定を明示的に開示していない場合であってもクレームが自明となるかについて判示した。

米国再発行特許第RE47,474号 (以下「‘474 特許」) は緊急着陸用パラシュートに関するものであり、その明細書には、ロケットを使用して緊急着陸用パラシュートをすばやく展開し、墜落する航空機の落下を遅らせることが記載されている。 ‘474特許のクレーム137には下記の限定が含まれている。

wherein the machine readable-instructions include the action comprising:

based at least upon the receipt of the whole-aircraft ballistic parachute deployment request, command the autopilot to increase aircraft pitch. (下線は筆者が追加)

 

クレーム138および139は、パラシュート展開要求の受領時に取られる動作に関する限定(上記下線部)を除いて、クレーム137と同一である。クレーム137では「increase aircraft pitch」(航空機のピッチの増加)となっているものが、クレーム138においては「reduce aircraft roll」(航空機のロール減少)、クレーム139においては「change the altitude of the aircraft」(航空機の高度変更)とに変更されている。

Cirrus Design Corporation(以下「Cirrus社」)は、Fleming氏の ‘474特許のIPR(Inter Partes Review)を請求した。USPTOの特許審判部(以下「PTAB」)は、Cirrus社のパイロット実習に使うパイロット操作ハンドブック(以下「POH」)と、米国特許第6,460,810号(名称「半自律飛行ディレクター」; 以下「James」)の2つの先行技術文献を考慮した。Jamesは「未熟練のパイロットによる航空機の安全な運用」を可能にする「業界標準の自動操縦装置をプログラミングするためのデバイス」について説明している。PTABは、’474特許はPOHとJamesの組み合わせから自明であると判断した。

控訴審においてFleming氏は、パラシュート展開要求の受領時に、クレームに記載された飛行動作(即ち、ピッチの増加、ロールの減少、または高度の変更)の実行を航空機の自動操縦装置に命令することを開示した先行技術はいずれもなかった、と主張した。CAFCは、POHもJamesも、クレームされた飛行動作を実行する自動操縦を具体的に教示していない点は認めたものの、「PTABの判断は、実質的な証拠によって裏付けられている… Jamesには、信号を受信すると、航空機は、緊急パラシュートの配備を含むシャットダウン手順を自動的に開始することが開示されている…また、Jamesには、PTABが判断したように、自動操縦は、航空機の速度を着陸速度にまで減速したり、ゆっくりと着実に着陸降下を維持したりするなど、航空機の特定の飛行動作を実行可能であることも開示されている…さらに、POHは、これらの標準的な自動操縦動作(例:航空機の減速、安定した高度の維持、航空機のピッチの変更)は、緊急パラシュートを展開する前に完了することが望ましいと強調している…この証拠は、当業者が、POHを考慮して、Jamesの自動操縦装置を、パラシュート展開要求の受領時に、必要に応じた航空機のピッチの変更、航空機のロールの低減、及び/又は水平高度の達成を含むパラシュート展開に関するPOHのガイダンスに従って安全を確保しようとするようにプログラムすることの動機付けとなり、PTABの判断を十分に裏付けている」と述べ、Fleming氏の主張に同意しなかった。

またFleming氏は、’474特許で引例にはでクレームされた発明を組み合わせる阻害要因があると主張した。特に、Fleming氏は、先行技術は緊急着陸用パラシュートが必要となる可能性のある緊急事態では自動操縦を使用すべきではないことを警告していると主張し、それを示す先行技術に記載されているさまざまな状況(たとえば、離着陸時、または航空機が特定の高度を下回っている場合、航空機のパラシュートが必要になる可能性が高い状況)を指摘した。CAFCはこれにも同意せず、「Jamesは、自動操縦の継続的な使用が無人航空機にとって特に有益であることを開示している… POHは、パイロットが無能力になった場合に緊急着陸用パラシュートシステムを使用することが適切であることを開示し、自動操縦装置を使用して緊急着陸用パラシュートシステムを配備することを提案している…したがって、実質的な証拠は、引例を組み合わせる際の阻害要因にはならないというPTABの判断を裏付けている」と述べた。さらに、Fleming氏は、「Jamesの自動操縦装置を使用することは多くの緊急事態で安全ではないため、当業者が提案された組み合わせを行うことを思いとどまらせたであろう」という自分の主張をPTABが無視していると主張した。CAFCはこれにも同意せず、「自明性の判断には、引例の組み合わせが「好ましい、または最も望ましい」構成である必要はない…引例がいくつかの緊急事態ではパイロットに自動操縦装置を使用しないように警告しているからといって、当業者がすべての緊急事態で自動操縦装置の使用を断念することを意味しない」と述べ、PTABの自明性の判断を支持した。

Takeaway

CAFCは、 Hoyt Augustus Fleming. v. Cirrus Design Co.事件において、 引例がクレームの限定一部を明示的に開示していないくても、技術常識を用いて補完できる場合には、クレームは自明であることを示した。以前の記事で紹介したNovartis Pharmaceutical Corp. v. HEC Pharm Co., LTD (Fed. Cir. Jan 3, 2022)事件では、CAFCは、明細書では未言及の消極的限定をクレームに導入する補正が技術常識に基づいて認められる場合があることを判示している。「技術常識」は主観的でグレーゾーンである。Novartis Pharmaceutical Corp. v. HEC Pharm Co., LTD事件では、「技術常識」に関する専門家の証言が決め手となってクレームの補正の合法性が認められている。本件においても、Fleming氏側からその主張を裏付ける専門家の証言が提出されていれば、異なる判決が得られた可能性がある。