消極的限定の記載要件はSilence(未言及)によって満たされるか?

米国特許法第112号(a)項は、「明細書は,その発明の属する技術分野又はその発明と極めて近い関係にある技術分野において知識を有する者がその発明を製造し,使用することができるような完全,明瞭,簡潔かつ正確な用語によって,発明並びにその発明を製造,使用する手法及び方法の説明を含まなければ」いけないと規定している。連邦巡回控訴裁判所(CAFC)はNovartis Pharmaceutical Corp. v. HEC Pharm Co., LTD (Fed. Cir. Jan 3, 2022)事件で、35 U.S.C. §112(a)に規定された記載要件は、クレームの消極的限定について明細書がSilence(未言及)によって満たされるかを判示した。

Novartis Pharmaceutical Corp. (以下「Novartis社」)は、フィンゴリモドで再発寛解型多発性硬化症(RRMS)の治療方法の米国特許第9.187,405号(以下「 ‘405特許」)の権利者である。’405特許のクレーム1は下記の通りである。

A method for reducing or preventing or alleviating relapses in Relapsing-Remitting multiple sclerosis in a subject in need thereof, comprising orally administering to said subject 2-amino-2-[2-(4-octylphenyl)ethyl]propane-1,3-diol, in free form or in a pharmaceutically acceptable salt form, at a daily dosage of 0.5 mg, absent an immediately preceding loading dose regimen. (下線追加)

Novartis社は、RRMSを治療するために、1日量0.5グラムの塩酸フィンゴリモドをジレニアというブランド名で販売している。HEC Pharmaceutical Co. LTD(以下「HEC Pharm社」)は、ジェネリック版のジレニアを販売するための承認を求めて、FDA(Food and Drug Administration – アメリカ食品医薬品局)にANDA(Abbreviated New Drug Application – 略式新薬申請)を提出した。Novartis社は、HEC Pharm社のANDAが’405特許の請求を侵害していると主張して訴訟を起こした。

連邦地方裁判所は、HEC Pharm社のANDA製品が’405特許のクレーム1〜6を侵害すると判断した。次いで、連邦地方裁判所は’405特許の有効性に目を向け、明細書は上記下線部の消極的限定(“absent an immediately preceding loading dose regimen”)について適切な説明をしているかを検討した。証人として出廷した専門家は、負荷投与(初回又は初日投与量を維持用量よりも増量し、迅速に治療濃度に到達させること)は医療分野でよく知られていると証言した。そして連邦地方裁判所はこの専門家の証言に依拠し、「負荷投与を指示しているのであれば、本件特許には、負荷投与を最初に実施すべきであることが記載されているであろう」と判断し、このような記載の無い’405特許は消極的限定についての十分な書面による説明があったと結論付けた。

控訴審においてHEC Pharm社は、明細書には負荷投与に関する記載が含まれていないため、上記消極的限定についての記載要件は満たされてないと主張した 。HEC Pharm社は「未言及だけでは消極的限定の根拠にならないということは、法で確立されている」と主張した。CAFCはこれに同意せず、「(HEC Pharm社は)記載要件法理の中心的原理を無視している。つまり、開示は当業者の観点から読まなければいけない」と述べた。またCAFCは「換言すれば、当業者の文脈と知識が重要になる。そして、最高裁判所は熟練した当業者に記載は何を明らかにするかを考慮する際、常識も重要であると明らかにしている。・・・裁判官のうちの反対意見側は、特許審査手続マニュアル(MPEP)には積極的な記述が欠如しているだけでは、除外の根拠にはならない(MPEP §2173.05(i))と記載されていると主張している。しかし、反対意見側は、HEC Pharm社と同様に、当業者が重要な開示をどの様に読むかをを無視している。記載は、当業者がクレームされた発明を説明するものとして開示を読む限り、どのような形式でもかまわない」と述べ、「重要なのは、当業者が開示をどのように読むかであり、使用されている言葉だけではない」と結論付けた。

しかし反対意見を述べたモーア裁判長は、「多数意見側は特許権者が特許出願を提出してから数年後に、書面による説明でのサポートがゼロである消極限定なクレームを追加する能力を劇的に拡大するであろう。それにより、私たちの確立された先例と矛盾し、MPEPにおけるUSPTOがの指針を無効にする。・・・未言及は記載ではない」と述べた。

Takeaway
本事件において、CAFCは、当業者の観点から開示全体を読むことの重要性を示した。例外的条件(本件では負荷投与)であれば明細書に特記されるであろうが、そのような特記が無いことは一般的条件(本件では維持用量)を消極的に規定しているものと理解すべきであり、この消極的条件を事後的にクレームに記載することは記載要件違反には当たらないということが示された。
審査で引用された先行技術文献との対比において、明細書の記載が言葉不足になっている場合はあり得るが、本判決により、明細書には直接の記載はないが、当業者には自明の事項を使ってクレームを限定可能であることが明示された。但し、本件のように争いの元になり得ることから、当初明細書に明記がされていることが望ましいのは言うまでもない。また、単に「当業者の観点からは」、「当業者には自明の事項」と意見書で述べても審査官が納得しない場合が多いため、反論と同時に専門家の宣誓供述書(Declaration)を提出することが望ましい。