実施可能要件 – どれくらいの情報開示があれば十分か?

米国特許法第112条は特許明細書に関する記載要件を定めており、112条(a)は下記を規定している。

明細書は,その発明の属する技術分野又はその発明と極めて近い関係にある技術分野において知識を有する者がその発明を製造し,使用することができるような完全,明瞭,簡潔かつ正確な用語によって,発明並びにその発明を製造,使用する手法及び方法の説明を含まなければならない。

Amgen Inc. v. Sanofi et al. (US Sup. Ct. May 18, 2023)事件において、合衆国最高裁(Supreme Court of the United States – SCOTUS)は実施可能要件を満たすのに十分な明細書の開示内容について判示した。

近年の技術発展により、科学者は病気の治療に役立つ抗体を製造できるようになった。その 1 つは、悪玉コレステロールとして知られる低密度リポタンパク質コレステロール (LDL コレステロール) の血中濃度が高い患者を治療するための抗体製造に焦点を当てている。もしLDL コレステロールが、幹細胞に吸収されると血管内に蓄積し、心血管疾患、心臓発作、脳卒中を引き起こす可能性があるが、肝細胞の細胞膜上に存在するLDL 受容体は、血流中を循環する LDL コレステロールを保持し処分する。しかし自然発生するタンパク質PCSK9(プロタンパク質変換酵素サブチリシン/ケキシン タイプ 9)は、LDL 受容体に結合してLDL 受容体の機能を阻害する。

2000 年代半ばから、多くの製薬会社は、PCSK9 が LDL 受容体に結合のを防ぐことのできる抗体を製造する研究を始めた。2014 年、Amgen Inc. (以下「Amgen社」)は 2件の特許を取得した。これらの特許は特定の抗体をクレームしていないが、クレームの範囲は、PCSK9 と結合し、 PCSK9 活性を阻害するあらゆる種類の抗体を包含している。Amgen社はUSPTOへの出願の中で、これら 2 つの機能を実行する 26 個の抗体のアミノ酸配列を特定した。そしてこれらの特許を取得した直後、Amgen社はSanofi社を特許侵害で訴えた。

Sanofi社は、Amgen社がクレームの範囲に記載されている2つの機能を果たす抗体のす全てについて当業者に製造および使用できるような開示をしていない(即ち、実施可能要件を満たしていない)ため、これらの特許は無効であると主張した。特に、Sanofi社は、権利行使されたクレームは、2つの機能を果たす何百万もの未公開の抗体を包含する可能性があり、明細書に開示された抗体を作成する2つの方法のみでは、当業者の過度の試行錯誤(trial-and-error)を強いるものであると主張した。連邦地方裁判所はSanofi社の主張を支持した。CAFC (連邦巡回裁判所)もこれを認め、「クレームの限定は広いが、開示された実施例と教示は狭いという事実に基づくと、クレームの全範囲の具体化に到達するには相当な時間と労力を必要すると判断する」と述べ、連邦地方裁判所の特許は無効であるという判断を支持した。Amgen社はこの判断に誤りがあると主張して上訴した。

最高裁は、たとえ合理的な実験が認められたとしても、Amgen社はクレームの全範囲における実施可能要件を満たさないと判断し、「Amgen社の明細書は、アミノ酸配列によって特定される26種類の抗体の開示により実施可能にしていることに疑いはない…しかし、Amgen社は、その機能によって定義されるクラス全体、つまりPCSK9に結合し、PCSK9からLDL受容体への結合をブロックするすべての抗体を独占しようとしている」と述べた。

これに対しAmgen社は、科学者が多くの抗体を発見するための同社が提示しているロードマップや保守的な代替に従うだけであれば、未公開だが機能するあらゆる抗体を製造して使用できるため、実施可能要件を満たしていると主張した。最高裁はこれに同意せず、「これら 2 つのアプローチは、2 つの研究課題にすぎない。 1 つ目は、機能的な抗体を見つけるためのAmgen社独自のtrial-and-errorを段階的に説明しているだけでる。2 つ目にそれほど違いはなく、科学者は、機能することが知られている抗体のアミノ酸配列に置換を加え、得られた抗体をテストして同様に機能するかどうかを確認する必要がある」と述べた。

またAmgen社は、CAFCは、発明が実施可能であるかどうかという問題と、当業者がクレームされた発明の全体を実施する上で結果的に時間がかかるという問題を混同したことは誤りであると主張した。最高裁はこれにも同意せず、「実施可能性要件は、クレームのすべての実施形態を作成するのにかかる累積的な時間と労力で測られるものではないというAmgen社の意見に我々は同意している」しかし本件の問題は、「Amgen社が当業者に提供しているのは、trial-and-errorをさせるための単なるアドバイスに過ぎない」と述べた。

最後にAmgen社は政策関連の主張をした。まずAmgen社は、CAFCは本件のクレーム(機能によって定義される実施形態のクラス全体を包含するクレーム)は従来の実施可能要件の基準を超えていると主張した。最高裁はこれにも納得せず、CAFCの判断は「議会の指令と当裁判所の先例に完全一致している」と述べた。次にAmgen社は、下級裁判所を肯定することは画期的な発明に対するインセンティブを破壊する危険があると主張したが、最高裁は「発明者にインセンティブを提供することと、国民がその発明の恩恵を最大限に享受できるようにすることとの間の適切なバランスをとることは、議会に属する政策判断である」と述べ、下級裁判所の判決を支持した。

Takeaway

最高裁は「より広くクレームするほど、より多くを実施可能にしなければならない」と述べたが、どのレベルの詳細があれば十分なのかについては言及しなかった。したがって、実施可能要件は、各ケースの具体的な事実(case by case)に基づいて引き続き評価されるであろう。

*読みやすさと長さのために、一部の引用は省略されています。