1.米国商標制度の基本
米国における商標登録の手続きは、日本の手続きとは異なる点が多々あり、特に使用証明や維持要件において重要な差異が見られます。本ガイドは、米国商標制度の主要な特徴と登録手順を概説し、米国において商標権を取得・維持する上で基礎知識を提供するものです。
(1) 商標の基本概念と保護範囲
商標とは、商品またはサービスの出所を識別する機能を有する標識を指します。米国においては、商標権の保護範囲は広く、文字、単語、フレーズ、スローガン、シンボル、デザインに加え、製品の形状や色彩等の非伝統的商標も登録の対象となります。
例えば、ターゲット社の赤い円形ロゴ、マクドナルドのゴールデンアーチ(M字型のロゴ)、MGMスタジオのライオンの咆哮は、各々の企業の商品またはサービスを識別し、独自のブランド資産の構築に貢献しています。
米国では、未登録の商標に対しても限定的なコモンロー上の権利が付与されますが、米国特許商標庁(USPTO)に出願して登録を経ることで、全国的な保護が確立されます。連邦登録によって、®️シンボルの使用が可能になるほか、ライセンス契約の強化、法定損害賠償請求権の獲得、および税関における輸入差止措置等の執行能力の拡充が実現します。これらの利点は、国境を越えた模倣品対策において特に重要であり、米国市場への参入または市場拡大を企図する日本企業にとって、全50州における統一的な保護は、非常に大きな利点となり得ます。
(2) 商標の種類と出願戦略
USPTOへの出願に際しては、標準文字商標と特殊形式商標の2種類から選択するか、両方を出願することが可能です。それぞれに固有の保護範囲と戦略的な利点があります。
(i) 標準文字商標
標準文字商標は、デザイン要素を含まない文字、数字、または一般的な句読点によって構成されるワードマークです。この種類の商標は、フォント、スタイル、サイズ、色彩に関係なく、文字または単語そのものを保護します。
標準文字商標の主な利点として、最も広範な保護が提供される点、ロゴの更新やブランドカラーの変更等、視覚的表現に変更が加えられた場合でも保護が継続される点が挙げられます。したがって、標準文字商標は、長期的なブランド展開において、高い柔軟性を確保することができます。
(ii) 特殊形式商標(デザイン商標)
特殊形式商標は、ロゴ、特定の色彩、独自のフォント等、視覚的な要素を含む商標です。この種類の商標は、出願時に提出された特定のデザインのみが保護の対象となります。
したがって、特殊形式商標においては、デザインに大幅な変更が加えられた場合、新たな出願が必要となる点に留意する必要があります。もっとも、ブランド認識の中心となる独自の視覚的要素が存在する場合、特殊形式商標による保護が適していると考えられます。
(3) 商標の強さと登録可能性
商標の強さは、その保護可能性と直接的な相関関係を有します。商標の強さを決定する主な要因は、識別性や記述性などの複数の要素が含まれます。創作された商標、すなわち指定商品・サービスとの関連性が低い商標は、最も識別性が高いとされています。単に記述的な商標については、限定的な保護しか受けられないため、補助登録簿への登録が必要となる場合があります。一方、一般名称(ジェネリック)は一切登録できません。
(i) 補助登録簿(Supplemental Register)
補助登録簿は、現時点では主登録簿への登録要件を満たさない記述的なマーク等を、後願排除効果などの限定的な保護を受けつつ、将来の主登録簿移行を目指して登録するための制度です。そのため、主登録簿のような強い権利(例:有効性の推定や税関差止等)は付与されませんが、識別力を証明して将来主登録簿登録への戦略的なステップとして利用されます。
2.出願前の準備
(1) 事前商標調査の重要性
米国において商標出願を行うにあたっては、徹底的な商標調査を実施することが非常に重要です。商標に多額の投資をする前に行う徹底的なクリアランス調査は、拒絶理由のリスク、および将来的な紛争のリスクを大幅に低減させ、出願戦略の最適化に資することが可能となります。USPTOは、商標が一致するか否かのみならず、外観、音声、意味、および商業的な印象の類似性に基づき、混同の可能性についても審査を行います。このため、単純な検索では捉えきれない、商標間の微妙なニュアンスを把握することが重要となります。
(2) 商品・サービスのクラスと指定商品の記載
USPTOは、商品およびサービスを45のクラス(34の商品クラスと11のサービスクラス)に分類しており、出願に際しては、クラスごとに手数料が課されます。米国においては、商品またはサービスの分類を誤った場合、審査官による指摘または拒絶につながる可能性があるため、正確な識別および記述が不可欠となります。
商標保護の適切な範囲を確保するためには、商品またはサービスの説明において、明確性と具体性が求められます。日本の分類システムと米国の分類システムには相違点があったり、認められる用語は理解、技術、および規制要件の変化に伴って進化するため、国際分類に基づきつつも、米国市場に適した商品またはサービスの説明を準備することが推奨されます。
3.出願手続きと要件
(1) 登録までの流れ
商標登録の手続きは、通常12~18ヶ月を要し、以下の段階を経ます。
- 商標の選定および事前調査
- 出願手続き
- 審査
- 審査官は、主に先行商標との混同可能性、マーク自体の記述性や機能性、および指定商品・サービスの記載・分類の適切性などを審査します。
- 問題が生じた場合、拒絶理由通知が発行され、場合によって3ヶ月か6ヶ月以内に応答する必要があります。
- 登録査定および公告
- 異議申立期間
- 第三者が登録に異議を申し立てることができる30日間の期間
- 登録
米国において商標登録を行うためには、少なくとも一つの出願基準を満たす必要があります。いずれの出願方法においても、出願日が優先権の基準日となるので、適切な戦略が必要となる場合があります。
(2) 出願基準
(i) Section 1(a) – 現在の商業的使用
すでに米国内で商標を商業的に使用している場合に適用されます。この基準で出願する場合は、実際の商業的使用を示す証拠(使用見本)の提出が求められます。
(ii) Section 1(b) – 使用意図(ITU)に基づく出願
3~4年以内に米国内で商標を商業的に使用する誠実な意図がある場合に選択でき
る基準であり、実際の使用前に出願日を確保できるという利点があります。
出願が許可された後、6ヶ月以内に使用宣誓書を提出するか、または期間延長の申請を行う必要があります。延長申請は、適切な手数料を支払うことで、最大5回(合計で初回許可から36ヶ月まで)可能です。
(iii) Section 44(e) – 外国登録に基づく出願
日本等の自国において、同一の商標について、同一または類似の商品もしくはサービスに関する有効な登録を所有している場合に利用できます。この基準の主な特徴として、米国における実際の使用証拠(使用見本)は出願時には不要ですが、登録後の維持段階において使用証拠が必要となる点が挙げられます。
(iv) Section 44(d) – 外国出願に基づく出願
自国での出願から6ヶ月以内であれば、その優先日を主張して米国出願を行うことができます。ただし、最終的には、Section 1(a)(使用)、Section 1(b)(使用意図)、または Section 44(e)(外国登録)のいずれかに基づいて出願基礎を確立する必要があります。
(v) Section 66(a) – 国際登録に基づく出願
マドリッド協定議定書に基づき、世界知的所有権機関(WIPO)を通じて、国際登録の保護を米国に拡張する形で出願できます。この出願方法を選択する場合、基礎となる出願または登録が求められます。米国市民の場合は、まずUSPTOに登録した後、他国での保護拡張を申請する必要があります。
(3) 提出要件
(i) マーク画像の提出要件
商標出願には、登録を希望する商標の「図」(標準文字商標または特殊形式商標のいずれか)の描写を含める必要があります。提出する画像は、以下の技術的要件を満たす必要があります。
- JPEG形式であること。
- ファイルサイズが5MB以下であること。
- ファイル名が拡張子を含めて256文字未満であること。
- 圧縮されていないこと(ZIP形式などは不可)。
- 商標画像にTM、SM、®️などの記号が含まれていないこと。
- 色彩を権利として主張しない場合は、白黒またはグレースケールで提出すること。
- 特に、デザインロゴ(特殊形式商標)については、以下の点に留意する必要があります。
- 解像度が少なくとも300ドット/インチ(DPI)であること。
- 画像が明瞭で、バリエーションや歪みがないこと。
- 色彩を主張する場合は、その色彩を正確に表現すること。
- 画像が中央に配置され、余白が最小限であること。
- 解像度不足または余白過多は、審査の遅延または拒絶の原因となることがあります。
日本では、商標登録に実際の使用または使用証拠が必ずしも要求されませんが、米国では、商標登録の段階のみならず、商標の更新段階においても、商業的使用の証拠が求められます。この要件は、「使用しなければ権利を失う」(use it or lose it)という米国商標法の基本原則を反映したものです。
(ii) 商業的使用と使用証拠(またはスペシメン)
a. 使用証拠の技術的要件
使用証拠書とは、商標が実際の取引においてどのように使用されているかを示す物理的な証拠です。
商品の場合、通常は、製品またはそのパッケージに付されたラベルもしくはタグ、または商標が表示された製品を掲載したウェブページのスクリーンショットが該当します。サービスの場合、サービスの宣伝に使用されている商標を示すパンフレット、サービス提供を示すウェブページ、または広告資料等が該当します。
b. 適切な使用証拠の例
適切な使用証拠には、以下の要素が含まれるべきです。
- 商品またはサービスの明確な説明および購入方法(例:「カートに追加」ボタン、注文用の電話番号)
- 価格情報の表示
- デジタル商品の場合:「ダウンロード」または「サインアップ」、「サブスクリプション」ボタン等
- ウェブページのスクリーンショットには、印刷日またはアクセス日を明記(例:「 Print Date: YYYY年MM月DD日)
- 実際の取引が可能なインターフェース
- ファイル形式:最大5MBのJPGファイル、または最大30MBのPDF、WAV、WMV、WMA、MP3、もしくはAVIファイル
c. 不適切な使用証拠の例
以下は、使用証拠として受理されない例です。
- 商標が実際の取引で使用されていることを示さないもの
- 単なるデザイン案またはモックアップ
- マーケティング資料のみ(商品の場合)
日本語の文字で表示されたマークについては、使用状況を明確にするための説明文が必要となる場合があります。
4.登録後の維持管理
適切なメンテナンスを行うことにより、米国の商標権は無期限に存続させることが可能です。登録された商標は、以下のような定期的な手続きを通じて、維持および更新を行う必要があります。
(1) 第5~6年目の維持(Section 8)
登録から5年目と6年目の間に、使用宣誓書(Section 8)を最新の使用見本とともに提出する必要があります。この期間内に適切な手続きが行われなかった場合、商標登録は取り消されます。
(2) 争い得ない権利(Section 15)
争い得ない権利の宣言とは、登録商標を主登録簿に5年間継続使用した後に申請できるもので、取得後は商標の有効性に対する異議申立のリスクが大幅に減少します。ただし、詐欺による登録や商標の普通名称化などの理由があれば、依然として権利が取り消される可能性があります。
(3) 10年ごとの更新 (Section 9 及び Section 8)
登録から10年ごとに、Section 9の更新申請とSection 8の使用宣誓書を合わせて提出する必要があります。更新手続きは、期限の6ヶ月前から行うことが可能であり、追加料金を支払うことで、期限後6ヶ月以内の猶予期間中に手続きを行うことも可能です。
5.終わりに: 米国商標制度と戦略的アプローチ
米国の商標制度は、日本の制度と比較して、異議申立てや取消制度がより充実しており、既存の商標に対する異議申立てがより多く認められる傾向があります。日本企業が米国で商標権を保護するためには、特に使用証拠(スペシメン)の準備や侵害に対する積極的な対応などについて、戦略的な計画が必要となります。
米国で商標を出願する場合、外国企業であっても、米国資格を有する弁護士を代理人として選任することにより、円滑な出願手続きが可能です。出願者自身が米国内に住所を有する必要はなく、海外から出願および管理を行うことができます。
競争の激しい米国市場において、商標を適切に登録し、効果的に保護することは、ブランドの長期的な成功と市場価値の向上に不可欠な要素です。
商標出願から登録後の維持管理に至る全プロセスにおいては、米国商標法の専門知識を有する弁護士との連携により、より効率的かつ戦略的な権利保護へと繋がります。
*出典:アメリカ合衆国特許商標庁(USPTO)公式ウェブサイト; Code of Federal Regulations (CFR); Trademark Manual of Examining Procedure (TMEP); Trademark Electronic Application System (TEAS) Guidance