1.はじめに

日本ではデザインに関して意匠法により規定されていますが、米国では特許法において「デザイン特許(Design Patent)」として規定されています(35 U.S.C. 171-173)。近年、産業競争力とデザインの重要性は増す中で、デザイン特許における訴訟をはじめ、シリコンバレーのデザイン動向について述べます。

2. 米Appleと韓国Samsungのデザイン特許侵害

出所:CNN Money

2018年6月27日、米Apple[1]と韓国Samsung[2]は、スマートフォンのデザイン特許(意匠特許権)侵害を巡る訴訟で和解しました。Appleの広報担当者は和解条件に関するコメントを差し控えましたが、「意匠権に深く留意している」とし、「今回の訴訟は常に、金銭問題より重要だった」と述べました[3]

遡ること2018年5月24日、カリフォルニア州北部地区連邦地裁に係属中の事件において、陪審団は、韓国Samsung社が米Apple社の特許権2 件、意匠特許権3 件を侵害したことによって支払うべき損害賠償額を約5 億3,860 万ドルと算定しました。

この事件は、最高裁が2016 年12月に、米Apple社の意匠特許権を侵害した韓国Samsung社に命じられる損害賠償について、「意匠特許権者は消費者に販売された侵害製品の総利益を常に回収する権利を持たない。侵害製品が複数の部品で構成される場合、損害賠償金が侵害部分に対応する額に限定される場合がある。」などとして、「米国特許法第289 条[4]は意匠特許が付された製品(article of manufacture bearing the patented design)から得られる総利益を意匠特許権者に与えることを明確に許可している」と判示したCAFC の判決を覆したことによって、地裁に差し戻され、再び損害賠償額の算定が行われていたものです[5]

なお、差し戻し審において、Apple社は意匠特許権3 件に対して10 億ドル超、特許権2 件に対して500 万ドルを支払うべきと主張し、Samsung社は意匠特許権3 件に対して2,800 万ドル、特許権2 件に対して500 万ドル未満とされるべきであると主張していました。評決では、意匠特許権に対しては約5億3,330ドル、特許権に対しては約530万ドルと算定されたことから[6]、意匠特許権に対する巨額な賠償額が注目されています。このデザインの価値が認識された結果から考えると、Apple社の勝利といえます。

実際に陪審員が各権利の侵害により生じた賠償額を書き入れた表が掲載されています。

 

                      【意匠特許権の表】                                   【特許権の表】

                                                  (画像をクリックすると拡大できます)

                                                          出所:Gigazine[7]

以上のことから、スマートフォンの筐体の外観といった比較的理解が容易なものは、技術内容について専門家でない陪審員の心象を形成しやすいこと、そして優れた意匠特許権が多大な利益をもたらすことがわかります。なお、前回の記事(※複数の実施態様を含めた意匠特許出願)の通り、日米国では意匠制度が異なるので実務的に注意する点があります。

 

3. デザインに対する日本の動向

2018年4月25日に、米国ヴァージニア州アレキサンドリアの米国特許商標庁(USPTO)にてデザイン・デー[8]が開催され、日本国特許庁(JPO)の澤井審査第一部長が講演を行いました[9]

また、2018年5月23日に、経済産業省は、「産業競争力とデザインを考える研究会」の報告書「『デザイン経営』宣言」を公表しました[10]。米Apple社や英Dyson社をはじめとする欧米企業を例に挙げ、デザインによる日本企業の競争力強化に向けた課題の整理とその対応策の検討を行っています。

このように、日本でもデザインに注力する動きがあります。なお、現在でも、マツダ[11]やヤマハ発動機[12]をはじめ多くの企業で、優れたデザインによるイノベーションを起こしている事例はあります。

 

4. シリコンバレーのデザインについて

(1). Facebook[13]のプロダクトデザイン

TED[14]において、Facebookのプロダクトデザインを担当するディレクターのマーガレット・グールド・スチュワート氏(Margaret Gould Stewart) は、規模の大きいシステムデザイン[15]では、細部の繊細なデザインが重要であるとの見解を示しています。例えば、Facebookの「いいね!」ボタンについて、データ分析を行いながら280時間以上の時間を費やして改良したと述べています。シンプルで単純な小さなボタンですが、1日220億回も使用される[16]コンテンツであり、これまで作られたデザインの中で最もよく閲覧されています。このようなデザインは、規模があまりに大きいので、わずかな変更が世界規模の反感を買ってしまう反面、わずかな改良で多くの人々にポジティブな影響を与えることができると説明しています。

また、現在のデザイナーは「データ駆使型」と呼ばれ、科学的な分析に基づくデザイン性が求められており、そのためのデザイン思考として2つの重要な要素を述べています。具体的には、デザインにおいて、①「大胆さ」(世界が欲するデザイン)と②「謙虚さ」(人々の暮らしを如何に良くするか、誰かのためにデザインすること)の組み合わせが大事であって、人々から見たり聞いたりして、理解するために行動する大切さも説いています。

出所:Youtube:TED

【Margaret Gould Stewart: How giant websites design for you (and a billion others, too)】より

[動画リンク](https://www.youtube.com/watch?v=quJdL9ggETI&t=202s

 

(2). 世界最高のデザインファーム「IDEO」のデザイン

IDEO(アイディオ)は、米シリコンバレーに本社を置くデザインコンサルタント会社です。アップルの初代マウスを開発し、現在ではP&Gやサムスン等と共に画期的な商品を世に送り出しました[17]。日本ではIDEO Tokyoが2011年にオープンしました。従業員数は21人と少人数ながらも年間100社を超える企業がIDEO Tokyoの門を叩きにやってきます。その8割が大企業であり、三菱電機、資生堂、明治、三菱東京UFJ銀行、DeNAといったように業界も様々です[18]

出所:IDEO[19] HP

(3) スタンフォード大学d.school[20]

d.schoolはIDEOの創設者が開講したスタンフォード大学内にある施設です。文系理系問わず多様なバックグラウンドの学生が集まって学ぶのは、「デザイン思考(Design Thinking)」です。ここでいうデザインはモノだけでなく、ビジネスモデルや問題解決に応用できるデザインも含みます。様々な分野の学生が集まり、リアルな課題について取り組む施設として注目されています。

出所:弊所で撮影

シリコンバレーのデザイナーは、単なるデザインの美しさだけを追求するだけではなく、ユーザーの視点に立って何が必要なのかをデータに基づいて徹底的に研究していることがわかります。このことから、シリコンバレーを代表するFacebook、Apple、Google等が創り出す一見シンプルで単純なデザインは、データ分析によるエビデンスを基に、多大な労力と熱量によって仕上がっているものだと気付きます。

 

4. おわりに

日本では、国際競争力の低下に伴って前記に述べたデザイン経営等に取り組んでいますが、この状況を打開する手段の1つとして、ミレニアル世代を理解することが重要であると思っています。ミレニアル世代とは、1982年以降に生まれ、2000年頃にアメリカで大人とされる18歳になった人々のことを指します[21]。それまでの世代と行動様式が大きく異なるため、欧米諸国では幅広く注目されています。このミレニアル世代[22]は、何か所有するよりもそのリソースにアクセスできることに価値を置いています。米国シリコンバレーでは、この価値観から生まれた企業として、ウーバー[23]( Uber)やエアビーアンドビー[24]( Airbnb)をはじめ、その他シェアサイクリングのスタートアップ等が挙げられます。

また、米国のスタートアップに詳しい経営者の仲暁子氏も著書[25]で、ビジネスのヒントはミレニアル世代の行動にあると述べています。「人は何を買っているのか。常識に囚われずに挑戦するライフスタイルや、それを体現するシンボルとして、Apple製品を購入しているのだ。新搭載のハイスペックカメラや指紋認証機能ではなく、iPhoneやAirPodsを身に着けている自分像を買っている。それがミレニアル世代の消費[26]」であるとのことです。モノが溢れる現代で人々のイノベーションに求める水準が上がっている中で、デザインというのは、工業製品の形だけでなく、「なりたい自分像」や、その「意義」といったストーリー性を追求していくことが大事であると考えています。

より優れたデザインには、背景にストーリー性があり、AppleとSamsungの訴訟においても陪審員はそのストーリー性に共感して賠償額を算定したことから、結果的にAppleを勝利に導いたといえます。

—-以下、参考文献等—-

(※脚注番号をクリックすると、指定場所に自動で移動できます。)

[1] アメリカ合衆国カリフォルニア州に本社を置く、インターネット関連製品・デジタル家庭電化製品および同製品に関連するソフトウェア製品を開発・販売する多国籍企業です。

[2] 韓国の最大手の総合家電・電子部品・電子製品メーカーであって、大韓民国最大の財閥です。

[3] REUTERS: https://jp.reuters.com/article/apple-samsung-elec-idJPKBN1JN37Z  2018/06/28参照

[4] 米国特許法 289 条(35 U.S.C. 289.)

Whoever during the term of a patent for a design, without license of the owner, (1) applies the patented design, or any colorable imitation thereof, to any article of manufacture for the purpose of sale, or (2) sells or exposes for sale any article of manufacture to which such design or colorable imitation has been applied shall be liable to the [patent] owner to the extent of his total profit,

[5] 柳澤,笠原 JETRO NY 知的財産部 2018 年5 月28 日付けの記事

[6] Gigazine https://gigazine.net/gsc_news/en/20180525-apple-samsung-verdict/ 2018/7/31参照

[7] 前掲(6)から抜粋

[8] 米国知的所有権法協会(AIPLA)、米国法曹協会知財法部門(ABA-IPL)、米国インダストリアルデザイナー協会(IDSA)、米国知的財産権者協会(IPO)がスポンサーとなり、USPTOにおいて年一回開催されているデザインに関するユーザー向けセミナー。

[9] 日本国特許庁(JPO)https://www.jpo.go.jp/shoukai/soshiki/photo_gallery2018050201.html  2018/06/28参照

[10] 経済産業省:http://www.meti.go.jp/press/2018/05/20180523002/20180523002.html 2018/06/28参照

[11]「2016 World Car Design of the Year」etc http://www.mazda.com/ja/innovation/award/design/ 2018/06/28参照

[12]「iF Design Award」https://global.yamaha-motor.com/jp/profile/design/awards/if_design_award/index.html 2018/07/10参照

[13] アメリカ合衆国カリフォルニア州メンローパークに本社を置くFacebook, Inc.が運営する世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービスです。

[14] TEDは、価値のあるアイデアを世に広めることを目的とするアメリカの非営利団体です。

[15] ここでいうデザインは、工業製品やロゴだけでなく、特に変化の大きいデジタルな世界のことを述べています。

[16] Facebookでは、1日に12億3000万人もの人々が写真やメッセージを投稿しています。

[17] Wiki: https://ja.wikipedia.org/wiki/IDEO 07/05/2018参照

[18] President: http://president.jp/articles/-/20780  07/05/2018参照

[19] IDEO https://www.ideo.com/jp  07/05/2018参照

[20] Stanford Univ. d.school  https://dschool.stanford.edu/ 07/05/2018参照

[21] 日本語表現辞典 Weblio辞書https://kotobank.jp/word/%E3%83%9F%E3%83%AC%E3%83%8B%E3%82%A2%E3%83%AB%E4%B8%96%E4%BB%A3-1693482 2018/06/29参照

[22] A・T・カーニーの調査によると、全人口の27%、20億人ほどがミレニアル世代です。

[23] Uberは、アメリカ合衆国の企業であるウーバー・テクノロジーズが運営する、自動車配車ウェブサイトおよび配車アプリです。

[24] Airbnbは、宿泊施設・民宿を貸し出す人向けのウェブサイトである。世界192カ国の33,000の都市で80万以上の宿を提供しています。

[25] 仲暁子『ミレニアル起業家の新モノづくり論』(光文社,2017)

[26] 前掲(25)58頁